世の中のアトツギが謙虚すぎる問題をアトツギ目線で解剖する
アトツギ甲子園は、全国各地の中小零細企業の承継予定者( アトツギ ) が新規事業アイデアを競う、中小企業庁が主催するピッチイベント。開催に際し、若手アトツギの挑戦や可能性をテーマに連載記事を予定している。
アトツギベンチャーのムーブメントに乗り遅れるな!/岡本氏
ピッチで得た自身の内面の変化が会社の変化につながる/島田氏
聞き手
事業承継予定者のためのピッチイベント「アトツギ甲子園」がいよいよ2021 年2 月に開催される。これまでアトツギベンチャーのためのピッチ大会やオンラインサロンなどに参加してきた株式会社清華堂( http://www.seikadou.com/ )の岡本諭志氏と、テクノツール株式会社の島田真太郎氏( https://www.ttools.co.jp/ )に大会やサロンに参加した思いや、参加したからこそ得られたことについて聞いた。
テクノツール株式会社 取締役
島田 真太郎 氏
テクノツール株式会社公式サイト https://www.ttools.co.jp/
テクノツール株式会社の2代目(現在は取締役)。 電子部品メーカーを勤務を経て、2012年に入社。重度肢体不自由者の暮らしを助ける、コンピュータ入力機器やアームサポートの普及に取り組む。2019年、アトツギU34オンラインサロンへの加入をきっかけにピッチイベントに参加し、数々の賞を受賞。直近は新規商品開発、社内の業務効率化、取扱商品の見直しを実施中。
株式会社
清華堂 4
代目
岡本 諭志 氏
株式会社
清華堂公式サイト
http://www.seikadou.com/
1923年創業の表具・美術表装店、株式会社清華堂4代目。建設会社にて設計職を経て、2017年入社。掛軸・額縁・屏風などの新調や修復を通して、美術品の「飾る」・「直す」・「守る」ためのソリューションを提供している。新規事業において、ForbesJAPAN『SMALL GIANTS AWARD2021』クラフトマンシップ賞にノミネート。
創業98年目の4代目候補と、創業27年目の2代目候補
【大上氏】
まずは会社の事業紹介からお願いします。
【岡本氏】
表具・美術の表装を行う会社で、具体的には掛け軸、額縁、屏風などの新調、修復をしています。1923年に創業したので今年で98年目を迎えました。ぼくで4代目になります。
【島田氏】
福祉用具メーカーで、パソコンのキーボード、マウスが使えない、スマートフォンのタッチ操作できない肢体不自由者の方向けの入力支援機器に力を入れています。1994年の創業で家業と表現するにはまだ若い会社ですが、ぼくが2代目になる予定です。
美術品の修復技術生かし、抗ウイルスコーティング事業へ!
【大上氏】
お二方とも、家業がありながら新しい取り組みに挑まれています。どんな事業なのでしょうか。
【岡本氏】
抗ウイルスコーティングの事業を20年2月から始めました。家業の美術修復では、菌が繁殖しないように抑え込む技術が肝になります。社会の衛生意識が高まる中で、その技術を活かせないかと考え事業化しました。5分で99.9%のウイルスを不活化させ、3~5年その効果が保ちます。
関西の大手私鉄である近鉄の約2,000両の全車両をコーティングさせてもらいました。ほかにも日本航空の空港ラウンジ、大阪の四天王寺、住吉大社、京都の上賀茂神社をはじめとする寺社仏閣などで採用いただいています。
肢体障害者のためのゲームコントローラーを開発!
【島田氏】
入力支援機器を応用して、ゲームを操作する標準的なコントローラーを使えない人でも楽しめるコントローラーを2年がかりで開発しました。コントローラーメーカーが製造し、うちは監修という形でかかわりました。11月に発売したところです。
3人きょうだいのうち、一番下の弟さんが障害を持っていて、そのコントローラーのおかげでお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒にゲームができるようになった、といううれしい声もさっそく届いています。
リハビリにゲームを積極的に活用されている施設の方や、授業でゲームを使って子どもの新たな可能性を引き出したいと考えている特別支援学校の先生方も使ってくださっていて。今後さまざまな活用事例が増えていくんじゃないかなと期待しています。
大切なものを「飾る」「守る」「直す」の3ドメインにサービスを再定義
【大上氏】
岡本さんの抗ウイルスコーティングはコロナ禍の時流にうまく乗っていると思うのですが、事業を思いついたきっかけは何だったのですか。
【岡本氏】
2年ほど前にある美術館から、収蔵庫にカビが生えてしまったので空間を抗菌防カビできないだろうかというご相談をいただいたんです。美術品のコーティング事業でお世話になっていたので、うちなら空間もできるだろうと思われたんでしょうね。ノウハウはなかったのですがその依頼を断ることはせず、宿題として持ち帰りました。
それ以前に、お客様から何を求められているのかという視点から、うちのサービスを、大切なものを「飾る」「守る」「直す」という3つのドメインに分解しました。この守備範囲であればどんどん展開してやっていこうと。空間抗菌は本業から言うと畑違いですが、「守る」というドメインに当てはまる事業であり、推進してみようと思えました。
その後どんな液剤を使ってどんな施工をすればよい結果が出るのか実証を重ねてきました。今年2月ごろから、美術展が軒並み中止になって仕事が少なくなったことにも後押しされ、コロナ禍で社会にも貢献できるのではないかと考え、一気に事業化を進めました。創業約100年の歴史を活かしつつ、顧客のニーズに合わせて準備を続けてきたので、他社よりも圧倒的に早く事業展開が出来ました。
ヘビーゲーマーの生き生きした姿に感化され
【大上氏】
島田さんは、何がきっかけだったのですか。
【島田氏】
2018年の夏、刷新するカタログにユーザーの方の声を載せようと思い、出会ったのが重度肢体不自由者のヘビーゲーマーでした。自身で調べて海外製の道具を購入し、ゲームを楽しんでおられたのですが、ゲームのことを語る目がそれはもういきいきしてるんです。
ゲームの世界ではだれとでも対等に競うことができ、力を合わせて協力することもできる。そこでしか味わえない経験、感情があるんだなと。うちとしても何か踏み込んだことができるんじゃないかと思うようになったのが出発点です。
その後しばらくは、彼のやり方通りに、海外の機材を集めてきてプレーできるようパッケージ化し、家に訪問して環境を整えるサポートをしていました。でも、機材は高価ですし、違うゲームになるとそのパッケージがそのまま使えなくて。これでは根本的な解決にならないなと。そこでコントローラーそのものをなんとか作れないものかと考えました。
キーパーソンに食らいつき、事業が広がる。
【大上氏】
実際にビジネスとして回していくにはさまざまな壁があったと思います。どのように乗り越えたのですか。まずは岡本さん。
【岡本氏】
抗ウイルスコーティングの納入実績は全くなかったので、知ってもらうために泥臭い営業をしました。とある会食の場で一緒になった人が業界のキーパーソンの方でして。会食ではお話しできなかったのですが、会場を出た後、その人が向かった居酒屋まで後をつけて、偶然を装って横に座ったんです。
【大上氏】
何とかきっかけをつかもうということですね。
【岡本氏】
もう必死でした(笑)。
そこがカラオケのできるお店だったので、声を震わせながら熱唱しまして。そうしたら、なんかおもろいやっちゃな、と思ってくれたのか、いろいろ話すようになって。そこから事業の話を一気にしていったんです。そこでお客さんとつないでいただき最初の実績ができたところからどんどん展開していきました。
依頼したことでメーカーの問題意識に火がついた。
【大上氏】
島田さんははじめから大手のコントローラーメーカーに製造を依頼するつもりだったのですか。
【島田氏】
当初は自分たちでつくれないかと考えたんです。でも、うちの規模、設備、品質管理体制では到底難しいなとあきらめて、公式コントローラーのメーカーにお願いすることにしました。
【大上氏】
飛び込みですか。
【島田氏】
そうですね。ただ、先方の担当者は始めから乗り気でした。障害を持つ方からそういう要望がずっとあって、問題意識は持っていたみたいで、ぼくたちが声をかけたことで話が前に進んでいったようです。
想定外の反応にこそアイデアの種がある。
【大上氏】
自分たちの思いをどんどん外部に語り掛けることで話が進んでいくのだなということを実感しました。やはり語ることは大事ですね。
【岡本氏】
ドッジボールみたいなもんで、投げて続けないと当たらないんです。しかも当たったときの反応が自分の想定外であったところにアイデアの種があるなという実感があります。
例えば、額縁を部屋のある場所に一点だけ掛けてほしいとか、このアートをこの場所からこの場所へ移動してほしいという依頼が来るんです。本筋の仕事とは違うのですが、その裏には、美術品は聖なるもので扱うのが怖いから慣れた人に扱ってほしいという思いがあるわけです。
それって僕らにしてみたら想定外なんですけど、それが外から見える自分たちの強みなのかもという気付きが得られるんです。だから想定外の反応が面白い。
「成長産業」にいることを言われて初めて気づいた!
【大上氏】
島田さんはいかがですか。
【島田氏】
語り、発信することでいただけるフィードバックは貴重です。家業は安定しているほど、限られた世界ばかりを見てしまいがち。変化の激しい時代にはそれはマイナスでしかないと思います。自分で発信していくといろんな人に会えるし、厳しい意見も返ってきますが、そういうほうがありがたいですね。
実は、岡本さんからも「ぼくの家業は斜陽産業だけど、島田さん成長産業だ」と言ってもらったことがありまして。たしかに福祉というくくりで言えば成長産業なのは間違いなくて、気持ちを前向きに切り替えられるありがたい言葉でした。
【大上氏】
語り、発信の場としてお二方はピッチ大会に出たわけですけれど、出ようと思った理由は何でしょうか。
家業でできることがまだまだありそうだな、と気づけた。
【島田氏】
家業の業界の常識に凝り固まっているという危機感があって、チャレンジしなければまずいなと思ったんです。自分の内面から変化を起こして、家業に変化を起こしたい、っていうのかな。
実際、いろんな方々から意見をもらえて、しかも総じてポジティブ。就労支援という文脈や特殊なデバイスであるという切り口、多様な人を巻き込めるビジネスであることなどさまざまな気づきがありました。自分の家業でできることって、まだまだありそうだなって。
もう一つ気づきがあって。ピッチでVCの方とか、大きな事業をやっている方からぼろくそ叩かれているうちに、もう1段、2段上から家業を見つめられるようになったんです。ただ、日々の仕事に戻ってしまうと発想がシュリンクしてしまうんで、うまくコントロールできていないんですけど(笑)。
ナンバーワンを目指した先のオンリーワンに!
【大上氏】
今度開催するアトツギ甲子園はどちらかと言うと事業化の前の段階をピッチできるイベントなんですけど、そういう場に出ることも意義はありますか?
【島田氏】
失敗とかおそれずに出てみるだけでも意義があると思います。発信することで自分を変えるいいチャンスになるはずです。
コンテストの本選に出るまでの過程でいろんな方に壁打ちしてもらうんですけど、コンテストが終わった後も壁打ちに付き合っていただき、今もアドバイスをいただけてるのはありがたいです。
【大上氏】
岡本さんはいかがですか?
【岡本氏】
僕は0から1を生み出すのは割と得意なんですけど、1を2にするところ、事業を強くしていくところが弱かったので参加しました。そこで、オリジナルを突き詰めれば突き詰めるほどだめだなって気づいたんです。
【大上氏】
それって、事業が独りよがりになってしまうということですか。
【岡本氏】
そうですね。この家業でこの時代にやるべきことは何かって探っていくと、オリジナルすぎて皆さんの心に響かないんです。新たな雇用、市場、技術があってこそ、人は社会によさそうと思ってくださるんです。だから、社会に知ってもらおうと思うならチューニングが必要なんだってことがわかりました。
結果的にオンリーワンになれればいいんですけど、まずはナンバーワンを目指して、その結果がオンリーワンになれば素晴らしいですね。その土俵としてピッチイベントは重要だな、って思います。
息子に自分からツギたいと言われる土壌づくりを!
【大上氏】
今後、どのように事業を伸ばしていきたいですか?
【岡本氏】
社会的に貢献できる側面を増やしながら3つのドメインで事業を広げていけたらいいなって思っています。事業を見て面白いから継ぎたいって子どもに思ってもらえる瞬間が一つのゴールだと思っているので、そこから逆算してやっていきたいです。
ギャップを埋めて多くの人を包摂できる社会に!
【島田氏】
短期的にはゲームの支援をする事業で海外展開、関連商品の拡充、提案の強化に取り組んでいきます。中長期的には、社会に存在する何らかのギャップを埋める存在でありたいです。
技術が進歩しても、社会が変化してもそこには必ずギャップが存在すると思うので、そのギャップを埋めて多くの人を包摂できる社会に貢献したい。その軸をぶらすことなく、あらゆることにアンテナを張ってトライアンドエラーを繰り返していきたいですね。
【大上氏】
お二方とも家業の軸が決まっているからぶれにくいんでしょうね。軸ってどう探すものなんですか?
【岡本氏】
小さい頃から英才教育、帝王学は受けているので、今33歳ですけど、入社33年目という気持ちです(笑)。生まれたときから地続きで考えているから軸らしきものができているんでしょうね。
【大上氏】
島田さんは?
【島田氏】
ぼくの場合は、ここ数年ピッチに参加してVCとか事業者の方とお話しする中で、自分自身にフィットする価値観が醸成されてきたかな、って感じですかね。
【大上氏】
これから新規事業を生み出したいと考えているアトツギへメッセージをください。
カウンターカルチャーとしてのアトツギベンチャー!
【岡本氏】
今の流れを逃すな!って言いたいです。
アトツギベンチャーが今注目されているのは、ベンチャー企業のアイデアが世の中で物足りなくなってきたカウンターカルチャーなんです。しかもサステナブルな世の中で長寿企業に光が当たりやすいんです。
お笑いでも今、第7世代って騒がれてるじゃないですか。これはたまたまのブームかもしれないけど、それに乗れる人ってすごくついていると思うんです。アトツギへの風が吹いているこのムーブメントに乗るしかないでしょ。(笑)
望んでも手に入らないアトツギだからこそ思いつく事業を!
【大上氏】
島田さんはどうですか?
【島田氏】
岡本さんの言葉でもうじゅうぶん締めになってるんで言うことないんですけど。(笑)
まあ、でもアトツギって面白い。望んでも手に入りませんから。
家業が続いているということはそれだけ長い間社会に役に立ってきたということ。人間が生きていくうえで根幹の部分に携わり続けてきたからこそだと思うんです。そういう家業に生まれ、継ごうと決めた自分にしか思い付くことができない新しい事業はあるはず。ぜひコンテストに出て、それを磨き上げてほしいなと思います。
【事務局より】
大躍進を遂げたアトツギベンチャーのお二人にお話を伺いました。自分たちの資源を棚卸ししながら、お客さんのニーズに真摯に、いやそれ以上に答え続けた結果事業化。その際、ピッチに出たり壁打ちをしたりと、語ることにも力を入れていました。
事業がはじまっていなくても、まずは思いだけで参加できるのがアトツギ甲子園。20秒で仮エントリーが完了するので、ぜひご応募ください!
仮エントリーはこちらから: https://atotsugi-koshien.jp/